新田原基地航空祭2010(3)

2011/11/29

3.英姿颯爽。黒馬F-15DJの舞。-新田原基地-
2010年12月。

600oでは、もはや近すぎて離陸は撮れない。
潔く見送るも、やはり思わずカメラを構えてシャッターを切ってしまう…
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黒とは、鮮やかとは遠いはずの色だと思っていた

でも、これほどまでに、黒と言うのが鮮烈な力がある色だとは思わなかった。

後席に、フォーカスを合わせる。
大好きな人が、乗っている。

今まではファンですとしか言えなかった。
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辛い1年であった宮崎に、力をと願うその機首の言葉


白い手袋が見えた時、感激で言葉を失う。
ああ、この瞬間を待ちに待っていた。GUCCIさんが飛んでるんだと。
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肩のパッチは、この日と同じ爽やかなブルーでした。そして真っ白な手袋・・・これがもう全てを物語っていました。耳に入ってくる言葉は、まるで5番機が戻ってきたような感覚でした。あの時、そうGUCCIさんが5番機だったあの時のように。撮りながら、思わず笑みがこぼれてしまうのです。

5番機の課目が繰り広げられる。
左からの進入は、まさに一人ファンブレイク!
360度ターンは横の8の字。
元5番機だった、川口"GUCCI"飛行班長プロデュースの機動飛行とはこのことと言ってもいいと思いました。
前席さんももちろんのこと、二人の教官の方だからこその第23飛行隊のフライトだと思いました。

逆光にド真ん前の太陽がレンズに飛び込むたびにフッと機体が消えてしまう。その恐怖と闘いながらのテレコン2倍の600oを振り回す。

背中を見たい。
その思いを感じ取ったかのように、第23飛行隊10周年塗装機は、会場後方に回り込み、見事な背中の塗装を披露となりました。
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あの一瞬は、今でも忘れられない。

間違いなく「長い」時。ずっと浸っていたい時。
逆光のはずのエプロンが、見事な順光の舞台へと翻る。ありがとうございました・・・本当に、ありがとう。何度感謝しても足りないと思う。

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もう一度と、願いながらもなかなかその美しい背中は拝むことができず。そこがまた愛しいというかカッコイイと言うか。
第23飛行隊10周年を祝い、宮崎を励ます。そんな素晴らしいフライトをありがとうございました。


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私は見ることが叶いませんでしたが、予行は2度行われたそうです。火曜と土曜の予行。2回で万全の体制を作るGUCCI先生の「作戦」そして見る人が見れば見事に心に響く5番機を彷彿とさせる演技の数々は、前席・後席のそのコンビネーションが生み出す素晴らしい作品であることは間違いなかったと、見ていて感じました。席はアナウンスによると前席さんは航空学生54期すなわち私と1つしか歳が違わない。すごいなぁ・・・(いや若くも無いんですけどね私も)
本当にありがとうございました。土曜の件はかなり衝撃的でした。もうだめかと思った・・・

諦めない力。粛々とこなすその冷静さが素晴らしい。

そして、第23飛行隊飛行教育航空隊10周年のお祝いをするべく、父と一緒に念願のGUCCI先生にお会いすることができました。そう、その10周年の記念式典では、この第23飛行隊の黒馬塗装機の操縦桿を握ったのがGUCCI飛行班長。その事を知った時はもう嬉しくて嬉しくて、思わず買い漁った航空雑誌は4誌・・・そして私はプラモデルまでも2箱も購入していました。もしかしたら、この外箱の写真は、第23飛行隊の式典の時の写真かもしれない。GUCCI飛行班長が飛ばれた時の。

ドキドキしながら差し出した雑誌には、懐かしい1年ぶりに書いて頂いたGUCCI飛行班長のサイン。細ペンでサラサラと書かれると本当にきれいな作品。画竜点睛、サインが入ったからこその1冊。2つの5(5と逆さの5)の組み合わせは、まさに「5」を制した人。

その文字通り雲の上の人から手渡された「パッチ」に私は息をのみました。

先ほどレンズ越しに天空の人の肩に付けられているのを見たパッチが、自分の手の中にあったことへの衝撃と、嬉しさと。
あの素晴らしい塗装機と同じ塗装を金糸と黒糸の刺繍で描かれたパッチを、私が頂いてもいいんですか?
にっこりと笑顔のGUCCI先生を見上げるのすら眩しい。
てかかっこよすぎるし!!!直視できへんし!!

心からの感謝。本当にありがとうございました。
2、3度、横に父がいたことを忘れました(笑)ごめんねパパン。

強い「心」そして10年の区切りから新たなる未来に踏み出す「一歩」
その勇気を分けて頂きました。

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掲載許可も頂きました。ありがとうございました!


実はもう一つ、いただいたものがありました。
このパッチと同じ柄の「メダル」
ずっしりと重いメダルは裏面は第23飛行隊の黒馬と軍神アレス。こんなキレイなものを、私が頂いていいんだろうか。

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爽やかな青い快晴の空を表すそのパッチの色は、ブルーの頃から全力「晴れ男」GUCCI飛行班長からの励ましを頂いた気がしました。

この美しいパッチとメダルを手に、私はモゾモゾと言うか言うまいか迷っていたことを切り出しました。

ずっと聞きたかったこと。
1年間で、たった1日だけ許された、質問の時間。

私は5年間も、聞けずにいたことでした。

あの、恒例のって言いますか。質問タイムなんですけど(めちゃめちゃ唐突)
・・・なんでしょう?とっても真顔のGUCCI飛行班長。

うわまたそんなかっこいい顔されたら聞けませんわw


「TACネームの由来を教えてください!!」
実はこれ、なかなか聞けませんでした。今のブルーのファンの皆さんは羨ましいです。J-wingsでもパイロットさんの特集ページが半年に1度はあるんですし、TACネームの由来も色んな経路で知ることができます。

「学生の頃からGUCCIと呼ばれていましたので、その点はその流れかなと思います。しかし実は303に配属になった時、変な名前にされそうになりまして

へへへ、変な名前!?

「303に配属になったときに、頑張って挨拶を考えました。そして自分とF-15のことを例えて人馬一体となって・・・と言ったところ、じゃあお前TACネーム人馬な?とTACネームをJIMBAにされそうになりました」

じんばさんwww303飛行隊ハンパないですww
いやじんばさんでもカッコイイと思います。てかじんばさんでも多分ファンになってたと思うし。多分私、ちーむじんばって言いまくってたやろな(違
何よりも、サラリと「人馬一体となって」という台詞が出てくるGUCCI先生すごすぎる。やっと聞けたという安堵感。その疑問の「欠片」のピースをはめることができたと思いました。

無事GUCCIのTACネームとなったGUCCI先生に、奈良基地っていらっしゃったことがおありですか?と聞いてみました。私の卒業した奈良高校というのは、奈良基地から程近いところにあるのです。奈良基地には一度だけ行きました。あの2006年、ブルーが飛ぶといわれたあの年です。中止になって涙を飲んだんですよね。実際に、やはりGUCCI飛行班長も幹部候補生として奈良基地にいらっしゃった経験がおありだそうです。

なんとGUCCI先生、神社仏閣に大変造詣が深い方なのです。天下のイーグルドライバー、303飛行隊時代は常にエースであられたお方が。小松から雷鳥を乗り継ぎ、奈良・京都の神社仏閣を見るために足繁く通っていらっしゃったというのです!す、すごいもう趣味まで完璧。敵なし。素晴らしい。303時代に一緒にその神社仏閣巡りをされていた方が次の飛行教導隊の飛行班長さんということで驚き倍率ドン、さらに倍(クイズダービーかw)
奈良基地にいらっしゃった頃(幹部候補生として5ヶ月ほど)は、お寺大好きで東大寺の屋根掃除に自ら志願され、その際のご褒美として奈良の大仏のお膝元まで上がらせてもらい大変幸せだったと仰っていました。奈良県出身者なのに、もう20年ぐらい東大寺行ってないかも・・・アワワ私あかんやんorz

奈良県に生まれてよかったと久々に思った瞬間でした。

幸せすぎる時間も、あっという間に過ぎていきました。

次回、ブルーでつなぐツリーの季節。
きっとぎりぎり最終章ラストスパート!




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posted at 2011/11/29 03:04

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